休みが明けて

バタバタと忙しかったゴールデンウィークが過ぎて、この数日ぼーっとしてました!

呆けた状態でメールを開けたら、待ちに待ったメールが数通届いていました。

しかも今日、同じ時刻くらいに。

やっと燃料チャージされた感じです。

そうそう、メールによると、5月に入ってサウスダコタでスノーストームがやってきて、Rapid cityは停電し、交通機関もストップした日があったらしいです。

5月に!

でも、翌日は晴れて、一雨(雪)ごとに春の気配かな。

そろそろチケット予約でもしよう。

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額のマグネット

もうずいぶん前(昔といってもいい)だが、アメリカ人の友人がこんなことを言っていた。

「私の額には変な男を引き寄せるマグネットがついているんだわ!今まで寄ってきたのはサイコな奴ばかりよ。今回もそう。おかげでサンフランシスコからは引越ししなくちゃ」

聞けば、今度の彼氏も別れたとたん人が変わったように執拗になって、もう同じ空気を吸うのもいやだから違う州に越す、のだという。実際、話しだけ聴くと、アメリカ映画に出てくるような派手なケンカの後で、両者共に気が高ぶっているようだった。

私はといえば、当時はまだ店を始める以前で、アメリカといえば西海岸やら東海岸やらのよく知られたところにばかり旅行していた。「こんなにも感情爆発、喜怒哀楽のハゲシイ人たちなのか。アメリカ人って・・・。こりゃ日本人は何も言えんわ」と愕然としていた20代の私であった。

嬉しいことに今でも、彼女とはクリスマスカードの交換をしたりと縁が続いている。

このマグネットの話しはウィットに富んだおしゃべり上手の彼女の、身振り手振りまで思い出すほど気に入っている。

私の周りのラコタの顔ぶれを思い浮かべて、きっと私のマグネットが引き寄せられたんだと思うときがある。

前にも書いたように、サウスダコタの犯罪率は高く、失業者も多い。ラコタのリザベーションでも、「ペニーを持ってるか」と擦り寄ってくる人もいるし、これはちょっと怪しいなという雰囲気の人もいる。よく本で読むAIM寄りのインディアンの闘争的な行動も耳に入ったりする。

だが! 私がこの13年で知り合ったラコタの人たちは皆、楽しいやつら!だったのだ。楽しく哀しく愛すべき人たちだったのだ。

過激なことを言うでもなく、偉大な先祖たちの名前だけにすがるでもなく、苦しい境遇を嘆いてばかりでもない。もっと鷹揚にしなやかに生きているのだ。もう充分熱いものを内側に秘めていれば、声高に何かを叫んだりする必要などないのだ。

私のマグネットは、好んでこんな人たちに引かれていった。

だから、私の見ているのは、ラコタの一部、私の引かれていったラコタかもしれないとよく思う。他の誰かは、その人のマグネットが引き寄せるラコタを見ることだろう。

店に来てくださった方に「ラコタってどんなところ?」って尋ねられると、私は私の見たラコタを思い入れを込めて話す。

ラコタの全部じゃないけど、私の見た、ラコタだ。それを笑いながら楽しそうに聴いてくれたりすると、くどいくらいおんなじ事を話すお調子者の私である。

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He Crowの部屋

ゴールデンウィークには遠方からお客様もおいでいただき、あっという間に一日過ぎてしまいますが、久々にブログを更新しないと!

さて写真はMichael He Crowのポーチです。

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スモークブレインタンのしか皮に、トンボとその下の三角の模様はクイルワークといって、やまあらしの針細工です。

やまあらしのはりを染色し、歯で噛んで平らにします。もともと空洞の針は薄く平らになります。それを、皮に縫いこんでいくのですが、He Crowは、針に掛けた糸を皮の厚みの中に差し込んで、ポーチの内側に糸がでないように作ります。

せいぜい2mmくらいの皮の中で、糸でやまあらしの針を留めていくのですから、たいそう時間がかかる繊細な技術です。クイルワーカーによっては、糸をそのまま内側まで通して作る人もいますが、その縦横無尽に渡された糸を見ると、その技術の難易さにため息がでます。

ビーズが白人からプレーンズインディアンに入ってくる以前は、このような、やまあらしの針を装飾品に使っていました。ビーズが伝わってからは、クイルワークより速く鮮やかに仕上がることもありビーズが主流になってきました。

現在では、クイルワーカーは数少なく、その中でもHe Crowのようにソーイング(縫う)クイルをする人は稀です。

ソーイングクイルでは、ドロシー ブレイブ イーグル という大家がいますが、若手では、このHe Crowが代表の一人でしょう。

寡黙で、シャイなラコタインディアンなんて、これもHe Crowの魅力の一つです。

He Crowの家は、日本のように靴を脱いであがるので、ほっと落ち着きます。寡黙なので、会話が途絶えがちになり、本棚に並べられたいくつものフルートを眺めたり(He Crowはフルートプレーヤーです)、ソファーに掛かったスターキルトの星の数を数えたりしながら、オーダーの出来上がりを待つのは、幸せな時間です。出来あがればもっと幸せになれるのになぁ。

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バッファロー

サウスダコタからメールが届いた。

外は、ずいぶんと春らしくなり、すがすがしい好天が続いているらしい。

待ちわびた春だ。

この写真は、この冬に撮ったそうだ。

今は、この雪も溶けて、春の陽気の中、バッファローも草を食んでいることだろう。

サウスダコタは、今から夏のサンダンスに向けて忙しい時期になる。

あのスカーッと晴れた遮るもののない空のもと、いい季節になる。

メールを開いてしばらく写真に見入ってしまった。

元気がでた。

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30年は 長いか短いか

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リトルコヨーテのホームページに数日前から、Jhon Goes In Centerのコヨーテのタイスライドが載っています。

「これって何?」というお問い合わせを何件かいただきました。

これは、ループタイのトップです。

裏面の輪に紐を通すと、ちゃんと固定されて、スライドさせて首に掛けます。

下の写真は、バッファローの皮ひもを通してみたものです。

ループタイの紐って、専用のものがあると思います。 これは通し方の例としてバッファローの皮ひもを使ってますが。

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30年くらい前にJhonが作ったものです。

ジャーマンシルバー、ブラス、銅は、すでに古びて貫禄さえ感じます。

しかし、よく持ってたものです。Jhonがジュエリーを作り始めた初期の作品だからでしょうか。

ラコタなのに、なぜサボテンなのかな?

きっと、作り始めで何でもかでも面白く、イロイロ考えずにただ楽しんで作ったんだろうな。

今のJhonの作品の精緻さに比べたら、とても比較にならないけど、若かったJhonの熱意は感じます。

30年前、その時代のラコタはどんな感じだったのでしょう。

決して豊かでなく、貧困やアルコール問題や、部族警察と一般の人の間の緊張や、今も解決されていない多くの問題をそのまま抱えていた時代でしょうか。

何を思って作ったのかなあ。

現在のJhonの家は、とても品良くおしゃれに飾られていて、サイドテーブルに置かれた鹿の角で作ったランプに、ビーズのキーホルダーや、メディスンポーチや、ブレスレットなどが無造作に掛かってて、何度訪れてもいつも新鮮で目を楽しませてくれます。

でも、このタイスライドは見たことなかったな。ひょいと出てきたのかな。

引越しのために押入れの整理をするときに、本当に懐かしい、もう使わないけど愛着があって捨てることも出来ない、後生大事に持ってるわけでもないけど、なぜかいつも付いてくる、そんな物って、国境を問わずあるってことでしょうね。

それにしても、ラコタなのに何故サボテンなのかなぁ。

裏のホールマーク(サイン)は、円の中央を射る矢です。

なるほど、この頃から使ってたのか。

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ポーリアー家の人々

Kevin・Pourierの奥さんと私は同じ年だし、彼女は東洋文化が大好きで話しに尽きることがなく、私は居留地にあるポーリアー家を訪ねるのが好きだ。

時間がなくて訪問出来ず、ラピッドシティのモーテルから電話をすると、翌日はるばるラピッドまで車を飛ばして会いにきてくれたりする。

1996年か、1997年だったと思う。初めて会ったのは。

Kevinは、バッファローホーンにチップインレイを施して工芸品やジュエリーを作るラコタ・アーティストだ。バッファローホーンを使うようになったのは、自分のインディアンネームにちなんでという事を聞いた。アメリカンバッファローの角はホローホーンと言われるとおり芯は空洞だ。磨くと、オニキスの黒とも違った独特の深い黒色が光沢を帯びる。

この角に文様を彫って、彫った部分に貝や石の粉末状のものをインレイする。日本でいうと象嵌に近い。

当時、バッファローホーン作家はKevinだけだった。後に数名追随するようにバッファローホーンで作品を制作する人が現れたが、Kevinは依然圧倒的にダントツですごい作家だと思う。

そしてもうひとつKevinがすごいと思うのは常に高いモチベーションを維持し続けていることだ。

Native・Artの枠にはまらず、世界を視野にいれている。

あのリザベーションの、四方はただ平原となだらかな起伏の丘、コヨーテの声が聴こえる闇夜と、イーグルが巣を作る雑木と、止まったような時間の中で、モチベーションを維持し続けるなんて並大抵なことじゃない。

奥さんは、「冬は雪が積もって、家から車が出せなくなるの。何日も降り続くと、世界は私たちだけで とっても孤立した気分になるの(Isolatedと彼女は表現した)」と言う。

ラコタは、インディアンの工芸品やジュエリーなどの市場が確立しておらず、作品を作ってもそれを販売する場がとても少ないので、制作だけで生計を立てることが困難である。

作っても売ることろがないので少ししか作らなくなる、なので少しでも高く売ろうとする、そうすると買い手がつかない、それで更に作らなくなる、というのは悪い循環だ。

実際ラコタアーティストの中で、制作だけで生計を立てている人がいったい何人いるだろう。

この状況の中で、Kevinは着実に全米に自分の作品を認めさせてきた。

ニューヨークにある美術館はKevinをNativeArtの代表者として招待し、全米中の多くのコレクターがKevinにオーダーをし、その作品を賞賛する。

この10余年、Kevinの大変な辛い時期も見てきたから、今この成功は私を感動させる。

Kevinの作品は年々高くなって、買い付けに行っても買えないことが多い。

1999年の私の誕生日に、私の名前のイメージで作ったペンダントをもらって後生大事にしている私だ。

このブログにKevinの作品の写真を載せたいけど、Kevinの凄過ぎる最新の工芸品を私が持っていないのが残念だ・・・写真はメールされてきたけど、勝手に載せたらダメだと思うし。

そこで、かれこれ6、7年前に仕入れたバッファローチェイスの私のお気に入りのブレスレットの写真を入れてみた。これも既に私の元にはないが、今も思い出すお気に入りだ。

現在は、主に工芸品中心で、バッファローホーン全体を使ったスプーンなどは圧巻だ。

時々、Kevinからメールが来て、これもまた一段と凄みを増した作品の写真と、夫妻の忙しい近況が綴られていて、「あ~、ずっとこの人たちの友達でいよう・・・」と姑息に思う私である。

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ジンクス

インディアンには深刻なアルコール問題がある。

なにかで、インディアンの人々は体質的にアルコールを分解する能力が低いと聞いたことがある。依存症になってそれから抜け出すためにソーシャルケアに通う人も多い。

もちろん居留地では、アルコールが厳禁である。

バーも酒屋もないし、もしあったとしても買える曜日が限られていたりする。

ところで、私はお酒を呑む。ビールも焼酎もワインも人並みに呑む。

疲れて帰った夜には、冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを取り出すと生唾がでるくらい。「お疲れさん!」の一杯は格別に好きだ。

居留地でも買い付けに駆けずり回り、折衝に疲れ、待ちくたびれ、くたくたでモーテルに帰りついたらビールが呑みたくてしかたなくなる。

そして何でもいいからテレビをつけて、ビールで緩んだ気持ちでボーっと観ている。

騒がず、泣かず、ただただボーっとしている。害のない私である。

ただ、「ここ一番!」のとき、何が何でも上手くいかせなければならない物事があるとき、私はお酒を呑まない。イーグルフェザーが近くにあるとき、お守りの石を首にかけているとき、私はお酒を呑まない。

私は日本人で、アセトアルデヒドもばっちり分解出来、アルコールに弱くもなく、呑んではいけない理由もないが、呑めなくなる。

大事な場面でのこれは私のジンクスのようなものだ。

靴下を穿くときは左足からとか、試験の前はお蕎麦を食べるとか、それと同じように誰にもあるジンクス。

そうすると自分が強力になって、何かに立ち向かえそうな気がするのだ。

何かが私の声を聴いて、傍にきてくれていると思う、ので、その何かが嫌いなアルコールは呑まないでおこうと、失礼のないように、と思う感じ。

でも「ここ一番」のない平穏な日々には、風呂上りにビールです。

「私は日本人で、アセトアルデヒドもばっちり分解出来、アルコールに弱くもない」から。

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風の強い町で

ローズバッド居留地は、パインリッジ居留地の東にあり、この二つの居留地にまたがるようにバッドランドが広がっています。
いつも不思議なのですが、風景はどこも何もない平原なのに居留地ごとに雰囲気が変わっていくのが、運転しながらでもわかるのです。ローズバッドはとりわけ風が強く、ハンドルを取られながら運転して町に着いたら、強風で折れた小枝や洗濯ものが道路に散らばっていることもままあります。
ポール スザボの家は、そんなローズバッド居留地にあります。

一時期は、日本に住む幼さななじみに会うより頻繁にポールに会いに行っていました。

ポールは、ラコタのジュエラーとして早くから活動を始めた人で、先駆者の一人といえるでしょう。もう30年以上もジュエリーを作り続けています。シンテガレシカ大学(居留地にある大学)でアートの講師として活躍していた時期には、教室に連れて行ってもらいました。学生のまだ粗削りな工芸品を、嬉しそうに誇らしげに解説を加えながら見せてくれるのです。

ポールは、コツコツと、ひたすらに、作り続けました。

映画「ダンスウィズウルブス」が公開されラコタに多くの観光客が訪れた時も、アメリカで失業率が1番高い州といわれ荒んだ空気が流れ始めた時も、奢り高ぶることも、投げやりになることもなく黙々と作り続けました。だからスミソニアン美術館にポールの作品が飾られてるのを聴いても、アートショーで賞をとっても「ポールなら当然だな」と思いました。

ただジュエリーを作る事が大好きで、奥さんと家族が大好きで、風の強い町で多くを語らずひたすらに作る。ポールはすごいなぁ!ポールの工房の窓の景色のように変わらない日常に、ある日奥さんが「レストランの今日のオススメは魚料理なんですって!予約しといたわ!」と弾んだ声を上げる。ポールは奥さんの喜ぶ顔が大好きでいそいそと出かける用意をする。
二人はおめかししてポールの家から一時間近くのネブラスカとの州境いのレストランに出かけていくのでした。
いいなぁ。

この人の作るジュエリーがいつも確実で安心感があるのは、この風の町の変わらない日常に似て、時を経て肌に馴染むように感じられるからです。

そんなポールのジュエリーが届いたんですが、今日は一日バタバタ忙しく過ごしてしまいました。
明日には更新できそうです。

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今日イクトミは何をさせようとしたか。

春になったのせいか、今日は無性に、溜め込んだラコタの資料が気になって、その整理を始めることにしました。アルバムや本の整理を始めると、ついページをめくって見入ってしまっていっこうに片付かないことがありますが、今回の資料整理もそうでした。

あぁ、こんなのもあった、この人もいた、これは何だっけ、と時間ばかりくって結局ひとつもはかどらず、若干順番が入れ替わった程度で以前のまま脈略なく置かれる始末です。

で、その中で懐かしいものを見つけました。

2000年の、ローズバッド(スー) トライブの部族学習教室のぬり絵カレンダーです。

当時まだ小学生だったシャロレーンが通っていた学習教室で、ラコタ語の学習もしていると言っていました。

2000年、私が彼女の家に遊びに行ったその日は一日中馬の放牧に付いてまわって、子供らしい遊びにつきあったりして過ごしました。帰り際に、彼女が小走りに子供部屋に駆け込んだかと思うと、このカレンダーや、ラコタ語の練習帳やらを持ってきて私にくれようとしました。まだ、新品の練習帳はほとんど宿題の後が見られなかったし、カレンダーは余分にあるというので、このぬり絵カレンダーだけをもらって帰りました。

なんであの時、もっとしげしげと見なかったのでしょう。

今ページをめくってみると楽しい楽しい。

各月ごとに、イラストとラコタのストーリー、たとえば一月は、梟(ふくろう)がラコタの人に敵がきたことを知らせる鳥であったことの由来、 2月は何故デビルスタワーが出来上がったか。

3月は「誰かを馬鹿にしたイクトミに何がおきたか」

こんなふうに12月までおとぎ話がイラストと一緒に書かれています。

それから、月の名前はラコタ語で書かれ、英語の訳が付いています。

小学生が自分たちの文化と失われていく言葉を学ぶ工夫でいっぱいです。

1月 Wiotehka Wi ( Hard Moon)

2月 Cannaposa Wi ( Moon of the popping trees)

3月 Ista Wicayazan Wi (Snow blindness Mouth)

4月 Wihakakta Cepapi Wi (Younger wife fattens Moon)

5月 Wojupi Wi (Planting Moon)

6月 Wipsz Kan Sapa Wi (June Berry Get Black Moon)

7月 Canpa Sapa Wi (Choke Cherries Get Black Moon)

8月 Wasuton Wi (Ripening Moon)

9月 Canwape Gi Wi (Leaves Turn Brown Moon)

10月 Canwape Kasna Wi (Moon of  Falling Leaves)

11月 Waniyetu Wi (Winter Moon)

12月 Teca Caspun Wi (Moon When Deer Shed Their Horns)

(ラコタの中でも、部族によってまた違った月の呼び名があると思うので、これはあくまでも、その中のひとつです。メディスンホイールにも、色や配列の違いが部族で違うことがあるようにです。)

それにしても、何て美しい呼称でしょうか。

あるラコタの友人に「我々のラコタの名前には、一つ一つ意味があるんだ。君の名前の意味は何なんだ?」と尋ねられた時、私は、日本語の一字一字に意味のあることを改めて思い、日本語と自分の名前が誇らしいと思ったものでした。

ラコタの若者にとって、試練の多いリザベーションの生活に疲れる日々があっても、この土地を出て行っても、この美しい言葉を誇りと思える気持ちが、彼らを勇気付ける時がきっとあるにちがいないと思います。

さて、このカレンダーの毎月、どのページにも同じ文章が書いてあります。

What did Iktomi cause you to do today?

Don't let Iktomi lead you astray!

「今日、イクトミはあなたになにをさせようとした?

イクトミに惑わされるな」

(イクトミ(蜘蛛)は、トリックスターで、自然界の秩序を破り、物語を引っかき回すいたずら者とされています)

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Vickのジッポー

Vick Youngはロデオの名手だった。

浅黒い肌に引き締まった体躯に、ウェスタンシャツやカウボーイハットはよく似合う。

奥さんのCathyの母親は、ラコタの有名なクイルワーカーとしてビデオにも登場している人だが、既に亡くなっていて、生前会えなかったのがとても残念です。

この夫婦、ともにたいへんトラディショナルなクイルワークを作る。

素朴で、派手な装飾もなく、いかにもラコタの人々が日常に使う感じのクイルワーク。

この写真は、Vickの作った、クイルワーク(ヤマアラシの針細工)ジッポーライターケースだ。

今日は、このジッポーライターケースにまつわるお話し。

Vicklighter2

私が、Vick、Cathy夫妻と知り合ったのはもう10年以上も前になる。

だんだんと親しくなり、ローズバッドリザベーションに行くときは、よく二人の家に寄るようになった。リビングのソファーに腰をおろし、マグカップいっぱいの熱いコーヒーを入れてもらい、トツトツと語る二人の話を聴いたり、子供たちと馬に乗ったり、川遊びをしたり。

ある日、Vickがジーンズのポケットからジッポーライターをとりだした。

彼の節の太い手に握られていたライターには、やまあらしの針細工がほどこされていた。やまあらしの針は色褪せて、ところどころ外れて芯のローハイドがむき出しになっている。

私はずっとラコタのクイルワークを探し続けてきたが、こんなのは初めてだった。

VickとCathyの作品群にも登場したことがない。

Vickの手のひらで汚れて褪せたジッポーライターは、彼が仕事終わりにソファーに身を沈め、窓の外にリザベーションの風景を眺めながら、また、馬の飼葉の合間に一服しながらと、毎日使われてきた愛用のライターだ。

「これは、Cathyが結婚記念日に作ってくれたんだ。そりゃ驚いたし嬉しかったさ。それ以来ずっと使ってるんだ。とっても気に入ってる。後で俺も同じものをCathyのために作ったんだ。ちょっと遅れたけど結婚記念日のプレゼントとしてさ」

私がこんないいストーリーに飛びつかないわけがなかった。ハイエナのような奴である。

「大変恐縮ですが、その思い出の品、私にも作ってもらえないでしょうか」

彼らはにっこり微笑んで了承してくれた。もちろん日本に住む誰かがそれを買って、またVickのように気に入ってくれて、色褪せクイルの外れるまで愛用にてしてくれるのも知っている。それがもしいい思い出ならみんなでシェアしようじゃないか。

その人は日本の狭い窮屈な喫煙室で一服しながら、同じ時間に平原が広がっている風景のあることを思うだろうか。そろそろ禁煙しなくちゃなと思いながら、ポケットのライターのクイルの馴染んだ手触りを確かめたりするかもしれないな。

それだってずいぶん素敵な話しだ。

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