ポーリアー家の人々
Kevin・Pourierの奥さんと私は同じ年だし、彼女は東洋文化が大好きで話しに尽きることがなく、私は居留地にあるポーリアー家を訪ねるのが好きだ。
時間がなくて訪問出来ず、ラピッドシティのモーテルから電話をすると、翌日はるばるラピッドまで車を飛ばして会いにきてくれたりする。
1996年か、1997年だったと思う。初めて会ったのは。
Kevinは、バッファローホーンにチップインレイを施して工芸品やジュエリーを作るラコタ・アーティストだ。バッファローホーンを使うようになったのは、自分のインディアンネームにちなんでという事を聞いた。アメリカンバッファローの角はホローホーンと言われるとおり芯は空洞だ。磨くと、オニキスの黒とも違った独特の深い黒色が光沢を帯びる。
この角に文様を彫って、彫った部分に貝や石の粉末状のものをインレイする。日本でいうと象嵌に近い。
当時、バッファローホーン作家はKevinだけだった。後に数名追随するようにバッファローホーンで作品を制作する人が現れたが、Kevinは依然圧倒的にダントツですごい作家だと思う。
そしてもうひとつKevinがすごいと思うのは常に高いモチベーションを維持し続けていることだ。
Native・Artの枠にはまらず、世界を視野にいれている。
あのリザベーションの、四方はただ平原となだらかな起伏の丘、コヨーテの声が聴こえる闇夜と、イーグルが巣を作る雑木と、止まったような時間の中で、モチベーションを維持し続けるなんて並大抵なことじゃない。
奥さんは、「冬は雪が積もって、家から車が出せなくなるの。何日も降り続くと、世界は私たちだけで とっても孤立した気分になるの(Isolatedと彼女は表現した)」と言う。
ラコタは、インディアンの工芸品やジュエリーなどの市場が確立しておらず、作品を作ってもそれを販売する場がとても少ないので、制作だけで生計を立てることが困難である。
作っても売るところがないので少ししか作らなくなる、なので少しでも高く売ろうとする、そうすると買い手がつかない、それで更に作らなくなる、というのは悪い循環だ。
実際ラコタアーティストの中で、制作だけで生計を立てている人がいったい何人いるだろう。
この状況の中で、Kevinは着実に全米に自分の作品を認めさせてきた。
ニューヨークにある美術館はKevinをNativeArtの代表者として招待し、全米中の多くのコレクターがKevinにオーダーをし、その作品を賞賛する。
この10余年、Kevinの大変な辛い時期も見てきたから、今この成功は私を感動させる。
Kevinの作品は年々高くなって、買い付けに行っても買えないことが多い。
1999年の私の誕生日に、私の名前のイメージで作ったペンダントをもらって後生大事にしている私だ。
このブログにKevinの作品の写真を載せたいけど、Kevinの凄過ぎる最新の工芸品を私が持っていないのが残念だ・・・写真はメールされてきたけど、勝手に載せたらダメだと思うし。
そこで、かれこれ6、7年前に仕入れたバッファローチェイスの私のお気に入りのブレスレットの写真を入れてみた。これも既に私の元にはないが、今も思い出すお気に入りだ。
現在は、主に工芸品中心で、バッファローホーン全体を使ったスプーンなどは圧巻だ。
時々、Kevinからメールが来て、これもまた一段と凄みを増した作品の写真と、夫妻の忙しい近況が綴られていて、「あ~、ずっとこの人たちの友達でいよう・・・」と姑息に思う私である。
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