ある日のラコタのこと
面白いこと思い出しました。
こうして澄んだ空気を吸って木々の緑に囲まれていると、ふっと以前のことを思い出したりするんですね~!こんな土地に住んでいたら、 もしかしたら私もココロの澄んだ人間になっていってるのでは?と大きく勘違いしそうですが、どうしてどうして人間そうそう変われるものではありません。 今日も時間通りにこないバスにイライラ、新米のレジにイライラ、更年期か?と思われるほど荒れた一日でありました。
さて、その思い出した面白いことというのは、ラコタの仕入れ中の出来事です。
ずいぶん前のことを思い出したものです。
ラコタは市場が開けていませんので、いい作品を手に入れるため、いきおい作家本人にオーダーするということが多くなります。
そのときも、大作の工芸品をオーダーしていたものを、受け取りに出向いたのでした。
これは長年ほしかった一作で、辛抱強く待ちに待った末、当然のように約束した期日を大幅に過ぎての完成でした。
仮にD氏としましょう。 今になっては私の良き友人であります。
D氏は、オーダーの際、作品の価格を私と話し合い、両者納得のうえで仕入れ値を決めていました。
私は、当然その金額をD氏に支払おうと財布をだしました。 すると、D氏は、私を待たせたまま机に向かってなにやら書き始めました。 どうも数字のようです。
それも、掛け算や割り算をしながら、ある数字を引き出そうとしている様子でした。
しばらく頭をひねっていましたが、その数式は完成したらしく、ひらりと私の目の前に差し出されました。
「これがこの作品の値段だ」と差し出された紙に書かれた数字は、あきらかに約束の数字を超えたものでした。
話が違うじゃないの、覚えてないかしら? 二人で決めたじゃないのと、D氏に訴えると、彼は平然と、「予定をずっと過ぎて時間がかかってしまったから、時給計算をしてみたらこうなったんだ」と言いました。 いやいや、遅れたのはあなたの問題ではないか、しかも約束の期日を過ぎても作品に取り掛かってさえいなかったではないか、それに製作途中でグレイト・フォールに中華食べに行ったりしたのも時間に入ってるってどういうことだ、と当然の疑問を口にしながら私は可笑しくなりました。 10年かかったら一体いくら請求するつもりなんだと思ったら笑えてきて、D氏もそれに気づいたのか照れたように笑っていました。
また、D氏には、病気の家族がいて生活が困窮していた時代がありました。
D氏の手元には、その日ひとつだけ彼の作ったジュエリーがありました。
おりしも今日は盛大なパウワウの日、 自分には支えなくてはならない家族がいるが生活は苦しい。 そこでD氏は考えました。
今日の祭りにはどのくらいの人があつまるだろう。 ざっと200人や300人は下らないだろう。そこでこのたった一つ手元にあるジュエリーを売れないだろうか、そのお金で家族の待つ家にプラスティックバックいっぱいの食料を買ってかえれないものか。
そうだ、いいことを思いついた!
D氏は、「ジュエリーくじ」を作りました。 「D氏ハンドメイドジュエリー、渾身の一作を5ドルで手に入れませんか!? 今宵の幸運を手に入れるのはあなたかもしれない!?」
パウワウのお祭りには実に大勢の人が集まりました。 D氏が名工だってことはこのへんでは皆知っています。彼のもとに人が集まるようになりました。
私は、果たして何人の人が彼のくじをひいたのか、またその幸運を誰が手に入れたのか聞きませんでしたが、その日、D氏は両手に大きなスーパーの袋を提げて家路についたと聞きました。
あきらかに過大請求したり、誰も思いつかなかったジュエリーくじを作ったり、なんて面白い男でしょう!
家族のためなら節操のないくらいのこと、平気でやってのける男です。
それをかっこいいなんて青臭いことは言いません。
でも、D氏は、前を走るドライバーが何十マイルも法定速度内で1車線の道を走っても、レジでどれだけ待たされても、平気なようです。 もしバスに乗ることがあれば、バスがいくら遅れてやってきても気にもしないでしょう。
私は時々、焦ったり気分がとがってきたりしたらD氏のことを思い出します。
そうすると、私のイライラや焦りの原因は取るに足りないことだと思えます。
その証拠に次の日まで覚えていられないことばかりなのですから。
それにしても、「ジュエリーくじ」 私もひいてあの夜のラッキーを捕まえたかったな。
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